第二部・日独戦争と俘虜郵便の時代 60      04.06.08

01) 俘虜と戦時国際法

 第一部では、第一次世界大戦と日独戦争を取上げました。この戦争では、各国多
くの兵士が傷つき亡くなっています。また、戦時俘虜となった兵士も多く、特に敗戦
国となったドイツ、オーストリア・ハンガリー兵の収容所は、イギリス、ロシアをはじ
め、中国、オーストラリア、日本等にも数多く設置されました。これら収容者である戦
時俘虜に関連する郵便物は“俘虜郵便”と呼ばれています。第二部では、第一次世
界大戦下に日本各地に収容された、青島ドイツ俘虜に関する郵便物(日独戦争の
俘虜郵便)を主要テーマとして取上げ、“郵趣”という世界を通してこれらの歴史に
迫ってみようと思います。


図229 父親の帰還を待つ少女 1915年ドイツ製絵葉書


230 イギリス・Dorchester収容所のドイツ俘虜作成のクリスマスカード
「俘虜郵便」
 1916年ドイツ・フランクフルト宛




231 イギリス・Lofthouse-Park,Wakefield収容所のドイツ俘虜作成クリスマスカード
「俘虜郵便」 1917年 ドイツ宛 収容所検閲印押

「俘虜」と「捕虜」

 そもそも“俘虜”という言葉はフィラテリストには馴染みの深いものであるが、一般
の方には“捕虜”と言った方が分かり易いかもしれない。明治大正当時でも、一般に
はこの“俘虜”と“捕虜”の厳密な使い分けには曖昧なものがあったようである。

 大正3年8月23日、日本はドイツに宣戦しドイツ膠州湾租借地青島の攻略を開始し
た。
開戦当初は一般の新聞紙上の多くで“俘虜”と“捕虜”が混用されている。10月
11日付
東京朝日新聞の社説記事では、「捕虜の待遇」と題して、日本の捕虜取扱い
は、既に日露戦争において世界の模範である事が証明されているとし、一般用語と
して“捕虜”を使用している。青島攻略戦の日本側勝利が濃厚になった9月下旬頃
から10月中頃
にかけて、俘虜情報局の設置とともに、公的用語として“俘虜”が連日
新聞紙上で使用され、徐々に一般にも“俘虜”に統一されていったようだ。

 
実際の戦時公用語としての“俘虜”とはPOW(Prisoners Of War)を意味し、「国際
により戦時俘虜の安全と権利は保護保障される」とする、極めて明確な意思をも
った用語であった。戦時俘虜(日語)、Prisonniers de Guerre(仏語)、Prisoners of
War(英語)、
Kriegsgefangene(独語)

戦時国際法

 近代における俘虜の取扱いに関する国際条約としては、1864年の「ジュネーブ条
約」(赤
十字条約)がまず挙げられよう。俘虜を含む戦地の負傷兵などの処遇につ
いて国際的合意をめざし、8月22日「戦地軍隊における負傷軍人の待遇改善の為
のジュネーブ条約」が締結された。(参加16ケ国中12ケ国が調印)(日本は1886年
加盟・日清戦争はこの条約下の戦争)


 1899年(明治32年)ロシア皇帝ニコライ2世の提唱によりオランダで第一回万国平
和会議(参加26ケ国・5月18日〜7月29日)が開催された。戦時国際法の成立を目指
し「ハーグ条約」(海牙條約)が7月29日に締結されている。また、ハーグ国際仲裁裁
判所設置に関する条約も締結されている。俘虜の取扱いに関して俘虜の「権利」を
明確にしたことが評価され、俘虜郵便に関しても「陸戦ノ法規慣例二関スル條約、
同付属規則」に取上げられている。(日露戦争はこの条約下の戦争)
 1907年(明治40年)アメリカのルーズベルト大統領の提唱によりオランダで第二回
万国平和会議(参加44ケ国・6月15日〜10月18日)が開催された。「ハーグ条約」
(第二次海牙條約)として、10月18日に戦争法規に関する13の条約を締結し、前回
のハーグ条約の更なる具体化をめざした。前回のハーグ条約から「陸戦ノ法規慣例
ニ関スル條約、同付属規則」における「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則第一款第二
章第十四條第一項」として“俘虜情報局”の設置が義務づけられており、さらに各国
の俘虜に関する情報共有とその保護について具体的な項目が合意されている。ま
た、“俘虜郵便”に関する事項も、前回のハーグ条約から「陸戦ノ法規慣例二関スル
規則第一款第二章第十六條」(郵便料金ノ免除等)に規定されている。(第一次世
界大戦・日独戦争はこの条約下の戦争)

 1929年(昭和4年)「ジュネーブ条約」は、さらに発展した国際戦争法規であった。し
かしながら、第二次世界大戦では充分に機能したとはいえない。特にドイツ・日本は
俘虜の取扱いに関する条約に署名はしたが批准はしなかった。多くの悲劇が生ま
れた原因の一つであるのは間違いないだろう。

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